最先端かつ世界に通用するハイクオリティな音楽制作用エフェクターを制作するA.O.M.株式会社のリファレンスDAC+パワーアンプとしてWATERFALL Integrated 250が採用されました。導入からある程度の時間が経過し使用感がわかってきた段階でのレビューをいただきましたのでこちらに掲載いたします。

A.O.M. 株式会社について

A.O.M.株式会社は、東京を拠点に活動しているソフトウェア・デベロッパーです。同社のリミッター・マキシマイザー「Invisible Limiter」は大ヒットを記録。その後継のG2は他社に先駆けた高性能で多くのプロフェッショナルからの支持を得ました。現在最新作は従来と根本的に異なる方式を採用したエルゴノミックディザー「Sakura Dither」。以上のような音楽制作向け最先端ハイエンドプラグインの開発・販売をしている会社です。

逢瀬 WATERFALL Integrated 250 レビュー

一切の我欲を捨て去ったとも言うべきDAC、
高い基礎性能と弱点を廃したD級パワーアンプ、
以上の組み合わせと高い柔軟性を持った、リファレンスオーディオシステム

逢瀬という、基礎を抑えながらも特異な発想を常に組み込み成長し続けるメーカーから生まれたWATERFALL Integratedシリーズの新型機、WATERFALL Integrated 250(以下WF250)とは一体どう言うものなのでしょうか?

パワーアンプ一体式DACという特異な構造を持ちながらも比較的コンパクトな装いで、表面上の情報からはその実力は容易には想像できないかもしれません。

それを一人のエンジニアとして業務も含めた使用経験を経て、語らせていただきたいと思います。

・我欲のないDACとは?その優位性

従来の言葉で語るならばフラットで色付けがないキャラクター、という表現が近いですが、それは今までのそれこそ数多くのオーディオシステムで目指されてきた事であり、常に更新されるものでした。色付けがないシステムは、より色付けがないシステムによって、初めて色があったことがわかるようになります。

本機はその更新を十分に果たす性能を持っており、100万級の業務用の2ch高級コンバーターでもここまで色付けのないものは現状ではないと感じています。少なくともトップクラスであることは確実です。実績のあるマスタリングスタジオでもよく使用されている50万以下の単体コンバーター、もちろん非常に性能が高く定評のあるものですが、驚くべきことにそれらと比べても全体的な性能も確実に上回っていると言えます。

しかし色付けがないという事と、我欲がないという事は、近いとは言いましたが完全に同一ではありません。私が一番驚いたのは、制作した逢瀬代表・月岡氏の好みがほとんど見えない程、「ニュートラル」を目指したと思われるその出音です。

色付けのない音、というと大抵地味な音であることが多いです。誇張していなければ大丈夫、そこで思想が止まっている製品は数多く聴いたことがあります。本当に色付けがないキャラクターというのは、色付けがない、という意図さえ見えないのです。このアンプは人により多くの感想を生むでしょう、わずかに華やかだと感じる方もいると思いますし、わずかに落ち着いた音だと感じる方もいると思います。それが起こるのはこのDACが極めて人が聴く音としての色付けのなさに限りなく近い、多少詩的な表現を用いるなら、どこまでも広く波風の立たない水鏡のような音であるからです。

つまり、この特性は本機が色付けのない音を「目指した」のではなく、設計面での理論立てや月岡氏の自分さえ疑い、日々アップデートする思想により、物理分野の「原器」のようなものが出来てしまった故の副産物だと予想されます。それが私が感じた色付けのない音を目指した製品との一番の感覚の違いでした。

本機を入れたシステムによる仕事やモニタリングの快適さは格別のものでした。音楽制作側の人間が機材を使う場合、多くの機材の特性を体に染み込ませ、各自独自の補正を働かせながら作業するのですが、それが確かな精度を持っているかというと現実的にはかなり難しいものです。本機はその要素を一つ、限りなく排除した状態に近づけます。結果、私の作業環境では相性の悪い機材もなく、システムの組みやすさも作業性も格段に向上することになりました。

・信頼に足るD級アンプの力

D級アンプは音が悪い、これはオーディオやレコーディングでは定説といっても良いものでした。仕組み上どうしても出てしまうハイのノイズや、スピーカーインピーダンスに左右されてしまう周波数特性。これらの特徴を持つ従来のD級アンプではノイジーで硬く聞こえていた印象がありました。しかしスピーカーインピーダンスに左右されない周波数特性と低ノイズ特性を両立させるnCoreの採用はそれを一変させ、またA級とは全く違った、ここでも「ニュートラル」なキャラクターを聴かせてくれます。

ただ、DAC部よりは「ほんの僅か」ですがローミッドががっしりと、ハイはやわらかい性格があり、ハイエンドはさらりとロールオフされています。しかし十分にワイドレンジで正確なモニタリングが可能です。

また特記したい性能としてローエンドの再現性が高く、非常にリニアリティが高くタイトです。制作環境はオーディオのように純粋に聞くだけのモニター環境を用意することは難しく、十分に高いダンピングファクターを持つ本機の制動力はセッティングでも届かないところを補助してくれますし、スピーカー選択の幅を広げてくれます。

私が従来使っていたアンプでは、制動が足りずに非対称の歪みが増えた事で、偶数歪みの柔らかさが強く出てしまっていました。それが大幅に歪みが少なくなって明瞭になり、作業性が大きく改善されました。

制作環境のモニタリングに使われるパワードスピーカーにはウーファーにD級アンプを搭載するものが多くあり、近年、スピーカー本体の構造も含めレベルは徐々に向上しています。このレベルのパワーアンプが搭載されたパワードスピーカーもこれから出てくるでしょう。時代的にもD級の音というのは耳馴染みのある音になっていくことは容易に予想でき、信頼に足るD級アンプを使えることは大きなアドバンテージとして感じられます。

・強力なDACとパワーアンプの総合力

WF250全体、つまりIntegrated Modeでの総評としてまとめると。フラットであり、ダイナミクスレンジが広く、ノイズが少なく、セパレーションが良く、定位が良い。一見、他の優良製品と対して違いはないように思えますが、実は非常に難しい問題をクリアしています。

まず、どの帯域の解像度感も揃っている。これはフラットでダイナミクスレンジがあればどのシステムでもそうかというと難しいところです。レベルは出ているが聞こえにくい、レベルは落ち込んでいるが聞こえる(抜けが良いということです)、などSNやアンプの癖によって帯域ごとにそのようなばらつきがままあります。これはかなりのレベルの高い機種でも珍しくないのです。データシートなどで見て一見綺麗な特性が得られているように見えても、再生される波形は複雑でありますし、「一見問題ない」に隠されたよくない癖というのはあるものなのです。

しかしWF250は実際の出音こそが、全体域にわたって「等しい見通し」なのです。そしてその見通しは、深く、なめらかです。音量が急激に変化してもその間が飛び飛びになって荒れるようなことがありません。素晴らしいスピードで追従するのです。WF250はDACとパワー、それぞれ単体として見た時に穴がほとんどありません(先述書いたパワーアンプのわずかなパワーアンプの性格程度です)。だからこそ組み合わせても穴も生まれないのでしょう。

・豊富なデジタル入力

地味な部分ですが入出力の少ない機材はスタジオ機材として非常に運用しづらいです。本機はアナログ入力こそ1系統しかないものの、それは単体パワーアンプとしてみれば十分です。モニターコントローラーなどを組み込まず、Integrated modeとして運用する場合、6系統ものデジタル入力先を選ぶことができるのはとても便利です。ラックマウントのプレーヤーのみならず、アーティストが持ってきたI2S出力を持ったハンディレコーダーなどをつなぐこともこれから出てくるかもしれません。ホームオーディオにも優れた親和性を見せるセレクトで、音だけでなく使う人の事をよく考えた良いセレクトだと感じます。

音だけにこだわったプロダクトは利便性を確保するために音を劣化させるシステムを間に挟まなければいけないことが往々にしてあり、本末転倒の状況になることが少なくありません。

本機はそういうことがなるべく少なくなるようユーザーインターフェースがよく練られており、そこは過小評価されるべきではなく、非常に高い評価を得るべきだと思います。

・External Pre Modeの利便性

本機におけるユーザーインターフェースの最も画期的な部分であり、これがスタジオシステムに組み込める決め手となっている機能です。私は制作では主にマスタリングを担当しているので、本機のDACでソースを再生し、アナログアウトボードへ送るために使っています。そして、本来なら送った信号は外部プリを経由して本機のパワーアンプダイレクト入力に直接戻ってくるのですが、私の場合は別のADで送った信号を録音し、それをDAしてモニタリングするシステムを介して本機のパワーアンプダイレクト入力を使用する工程になっています。

これは完全一体型では不可能な利用方法です。使用するAudio I/OやモニタリングシステムによってフレキシブルにWF250を組み込むことができます。またXLRのin/outとして設計されているところも非常にスタジオ機器と相性の良い部分です。

・高い耐ノイズ性・自身のローノイズ性能

スタジオシステムはとかく複雑なものになりがちで、多くのスタジオは電源やアースなどで外部からのノイズ対策や工夫を行なっているものの、システム自身のノイズにも悩まされることになりがちです。電気を使う以上、それ自身がノイズ源やシステム劣化の原因となることは避けられないため、機器自身の耐ノイズ性が高く、音質が常に安定していることはスタジオシステムには非常にありがたい特徴です。

スタジオシステムはフレキシブルさも求められるのでアースループなどの対策が難しく、厳しい環境の中、非常に低いノイズレベルを達成しているWF250は頼もしい存在です。しかもデルタΣ式コンバーターには付き物の帯域外ノイズへの対策が非常に強力です。オーディオでは歪み率も低くリニアリティの高い機器の組み合わせが多いでしょうが、音楽制作では歪みも一つの表現のため、歪みの多い機器に帯域外ノイズが多い音を通してしまうと、相互変調歪みによって可聴帯域のノイズが増えてしまいます。例えば、ハイエンドをアクティブイコライザーでブーストした場合、従来使用して来たDACでは「シーーッ」と言うような音が必ず一緒に持ち上がってきてしまいます。このような問題は多くのエンジニアがデジタルシステムとアウトボードを組み合わせてきた場合に多く直面してきた問題のはずです。

こうなると音色が変わることを承知でフィルタリングするなど対策を打つか、必要悪とするしかありません。しかし本機を使用したことによりこの症状が劇的に改善され、作業の選択肢が大きく広がりました(この経験を経て私はようやくなぜ古いマルチビット式のコンバーターがマスタリングにおいても長い間根強い人気を誇っていたのかよくわかりました)。このことにより私はこのDACは音楽制作におけるマスタリング用としても現状トップクラスの製品であると確信しています。

・音楽制作機器として

ほとんど欠点のない本機ですが、やはり民生機であるため制作用として使う場合はいくつか注意点があります。

一つには入出力が+4dbu規格でもー10dbV規格ではないことです。プロ機器では多い+4dbu規格に対し、DAC出力はおおよそ7db程度低めのレベルとなります。パワーアンプダイレクト入力も非常にゲインが高く、入力信号は抑えなければいけません。そのためスタジオ向けモニターコントローラーをつかう場合、ローゲインでも精度の高いものを選ぶ必要があります。

この製品はオーディオ向けであり、本来はIntegrated modeでの音質を理想とするものです。ゲインを適宜選択するためのリレーなどは余計な回路であるため中々採用されないと思われますが、スタジオ用途としても可能性を秘めた機種なので仄かな期待するところではあります。

また保護のためIntegrated mode と External Pre Modeは電源を入れ直さないと切り替えられません。これが電源を入れっぱなしで切り替えられると本機でのモニタリングがスムーズになるため嬉しいシーンが若干多いというのはあります。(外部DACからのパワーアンプダイレクト入力より、Integrated modeの方が明らかに音が良いためです。)

これを解決する方法は2つ目を買うというのが一番良いので非常に頭を悩ませてくれます(笑)。

・終わりに

デジタル機器というのは本当に終わりがないもので、どんなに良いものができたと思ってもさらに良いものができるものです。月岡氏は常に上を見据えていて、逢瀬というメーカーは再び革新的な製品を生み出してくれる期待感があります。それを楽しみに待ちつつ、WF250で仕事ができることを一人のエンジニアとして嬉しく思います。

レビュー著者

守屋 忠慶

CDマスタリングを中心に、作家業~レコーディングまで、音楽制作の現場を広く経験。現在はA.O.M.株式会社に所属し、引き続きマスタリングやA.O.M.社製品の開発に携わる。