歪率と音質の関係1(音声ファイルによる比較)

本日は歪率と音質の関係について書きたいと思います。オーディオのスペック表などで伝統的に用いられている歪率、THDですが、その音質差を実際の音声ファイルにて比較出来る形にしてみたいと思います。簡単なテストなので厳密性はひとまずおいて気軽に聞いていただければと思います。

ちなみに歪率を悪化させるのに使うエフェクトはFocusrite社のLiquidMixという畳み込み演算によるエフェクターをそのまま通過させたものです。アナログ機材を実際にレコーディングした波形応答を元にした演算処理のため、周波数特性やレベルは原音と全く同じではなくてわずかに変動してしまっているのですが、なかなか綺麗に足せない高調波をそれらしく足すことができます。まずは実際に1kHzのサイン波を通過させる前と通過させた後のWaveSpectraによる歪率の画像を次に示します。


図1.LiquidMix通過前


図2.LiquidMix通過後

このようにエフェクターを通過させるだけで大幅に歪率が悪化することがわかると思います。しかも「音に良くない」といわれる奇数次倍音が大きく出ています。見るからにこれは音が悪そうですね。

しかしサイン波のままでは実際の音楽での変化はよくわかりませんから、簡単な音楽ファイルにこれらと同じエフェクトを通過させてみましょう。次の3つのファイルは音楽の断片素材であるパートごとのループ素材を組み合わせてMixしたものです。1-3のうち画像のようなエフェクターを通過させたものが2つ、1つは何もしていないファイルです。フォーマットは44.1k、24bitのWAV形式です。

いかがでしょうか。
早速答えですが、1が原音、2はManley Massive Passive、3はAmek Angela Consoleという機材を元にした音です。図2はファイル2と同じもの、ファイル3も図2と似たような感じです。

聞いた印象は人によって異なる部分もあると思うのですが、私の感想で言えば上記の画像から受けるような「すごく悪化しているイメージ」よりも大きく音は変わっていない、または若干色がついた程度に感じます。強いて言えば1の原音ファイルが少し引き締まったクリアな音ですが、解釈を変えれば色気不足とも言えそうです。しかも歪の大きさ自体ではなくレベル差(3が若干大きいです)や周波数特性の僅かな変化のほうが音に影響している程度は大きいかもしれません。

このようにデジタル演算で歪率を再現してみましたが、ほとんどの方は実際のオーディオ機器における変化はこれよりももっと大きいと感じられていると思います。これはオーディオの音の違いの原因というのはもっと様々な要素があり、歪率以外にもさまざまなあらゆる要因で音は常に変化しているということではないでしょうか。

開発においても歪率のみが変化した場合は当然このファイルの違いと同じ程度の変化を感じます。しかし歪率は実際のオーディオ機器開発における音質判断にとっては「最も重要ではない」というのが逢瀬での結論でした。もちろん歪率を無視しても良いということではなく、最重要課題ではないということです。もし、より大きな音質差を生む要因があったとしてそれが歪率の悪化とトレードオフの関係にあった場合、歪率ではなくもう一方の要因を選択することでトータルな高音質を目指すということになります。そのような科学的に完全に解明されていない音の違いの原因を解明し、一つ一つ対策をしていくのはオーディオ開発者の役目だと思います。

もちろん上記のファイルを聴いて全く違う感想を持った方もいるかと思いますが、逢瀬ではこのような考え方で開発を進めているという参考例となればと思います。

歪率と音質の関係についての記事は今後ももう少し続きます。

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