プリアンプ、DSD-DACを開発しています

大変ご無沙汰しております。数ヶ月Blogを休んでしまい大変申し訳ございませんでした。3月にWATERFALL Integratedも発売となりましたが、その間に次世代の製品の技術基盤となる試作機開発を進めておりました。次世代の製品としては単体のパワーアンプ、プリアンプ、DACなどのセパレート機を予定していますが、この開発がそう容易ではありません。その背景事情をまず説明いたします。

現行の最新機種であるWATERFALL Integratedは、開発時点でいままでの高音質化のための技術を全て惜しみなくつぎ込んだ作品です。Integaratedは決して低価格の製品ではありませんが、それでも自信を持って世に発表できるレベルの仕上がりだと断言できる製品に仕上がっています。特に一体型ならではの特徴を活かした設計はセパレートではなかなか達成できない独自の合理性があるものです。これをセパレートで超えるにはそれぞれのDAC、プリアンプ、パワーアンプ各々の音質クオリティはIntegratedに搭載するものと比べて明らかに上回らなければなりません。

即ちIntegratedを超えるセパレートということは今まで上り詰めた限界、音質の壁をあらゆる意味で破ることが必要であり求められるということです。

試作プリアンプについて

プリアンプの仕様の前にIntegratedの内部仕様について書きます。Integratedでは低ゲイン(約4.5倍)のクラスDパワーアンプに高電圧のDAC-IV変換回路という組み合わせを使うことで実用上に優れたSN比を確保しています。これが上記した一体型ならではのメリットです。そして経由するアナログ受動素子や内部プリアンプなどの段数を極限まで減らし、デジタルボリュームのSN問題(減衰に伴いノイズフロアが減らないこと)を回避しています。このような設計によるノイズ対策により実際の音楽視聴での使用領域であってもデジタルボリュームを使いながら最高の音質が確保されているといえます。

実際に過去の試作品での比較ではこのIntegratedの内部設計と比較し、単体で最高級と言われるアナログ電子ボリュームであるPGA2320、MUSES72320等もIntegratedと同等の電源回路、アナログ回路の考えられる最高の条件でテストしましたが、どちらもただボリューム素子を通過しただけで音の劣化がはっきりと分かるような状態でした。明らかにIntegratedの直結と比べて音の細部の描写が大雑把になる、高音がきつくなる、リバーブの消え入る表現が曖昧になる、などの問題が発生します。巷ではデジタルボリュームによる音質劣化は大きいと言われていますが前提条件を整え、Integratedのように十分に合理的な設計を採用していれば下手なアナログボリュームよりもデジタルボリュームのほうが優れているということになりえると考えていますし、そのように実感しています。もちろん十分考慮された設計でないデジタルボリュームではこの限りではないかもしれません。

アナログの音量調整としては電子ボリューム以外の方法では、古くからある高音質抵抗をつかった低抵抗アッテネータという手段を使えば十分な高音質を実現できることはわかっていますが、最新機種で採用するべき手法ではない(既に優れた製品が存在する)こと、ほかにコストの問題、音量誤差、リモコン対応、動作切り替えノイズの問題があります。リモコンはリレーやモータなどで対応することも出来ますが、動作音と信頼性の問題も出てきます。それでは全ての条件をクリアするためにはどうすればよいのか…開発時点では考えられる理想に最も近いIntegratedを、外部接続前提の単体アナログプリで超えるのは非常に困難と思われました。

ですがあるとき閃きがありました。発想を転換し電子ボリュームの欠点を補う設計を思いつきました。詳細はここでは記載できませんが、簡単にいえば抵抗の問題と半導体特有の問題それぞれに資源を投入し対策することで、ある程度低抵抗アッテネータに近づけるはずだと予想しました。この対策によりDACの測定限界に近いSNを確保できれば、耳で聞こえる音質劣化はほぼ無くなるはずだと推測したわけです。実際にこの発想で設計試作してみたところ以前の電子ボリュームの実験時と比べて飛躍的に音質劣化を抑えることが出来ました。DAC出力と比べて音質の変化が全くないとはさすがに言えませんが音のディテールと品位の劣化がほとんど感じられないこと、Integratedと比べ音がまとまったように感じることなどからこれは十分セパレート単体機として通用する品質であると判断できました。

これにより今後の逢瀬でのアナログ領域での音量調整のための基礎技術が確立された瞬間でした。このアイデアに辿り着くまで非常に時間はかかりましたが結果から言えば成功です。ただし現状の仕様ではアンバランス、バランス入出力対応ですが、音量のコントロールの品質検証が中心だったためフォノは未検証です。

試作DSD対応DACについて

次にDACの開発状況です。単体機として最重要な点はIntegratedよりも音質の向上を達成することはもちろんですが、DSDの再生に対応することです。これから発売するDACとして機能的にDSD非対応ということは避けたいです。なのでDSD対応のDACの必要があります。

開発試作機は実験用ということでDAC素子をアドオン基板で簡単に交換できるようにしています。これによりPCM+DSD再生のための基本機能や電源回路、制御機能などは全てメインボードに集約させ、DAC素子+アナログ周辺回路はアドオン基板にします。これでDAC素子の音、動作、特性などを把握します。また試作ならではの追加機能としてADコンバータを搭載し、DACへDSD出力をする機能を持たせてみます。これは将来的な拡張も視野に入れた設計で直近の製品では採用はしない機能かもしれません。そして最後にUSBによるPCM+DSD再生に対応です。USBによるDSDとPCMはDAC側で自動判定切り替えとしDAC側の操作で設定を切り替える必要はないようにします。なかなか難しいですが切り替えのノイズなども極力排除します。ユーザーにとってストレスのない操作を実現するのが目標です。

DAC自体は現在開発中のため現時点ですべての動作は完全ではありませんが、初期試作にて実際に動作したDAC素子は3種、ES9018、CS4398、WM8741です。それぞれの選別理由は次のとおりです。

  • ES9018…スペックと音質の評判が最も高い。動作に癖があり使いこなすためには工夫が必要なので一度動作検証を行う必要がある。
  • CS4398…DSDと親和性の高いDAC素子であり、DSDネイティブでのボリューム調整やDSD128の対応がある。
  • WM8741…デジタルフィルタによる違いの検証。DSDの対応は平凡。

ほかにはAK4495も検討したいのですが現時点では入手困難のため見送りしています。ですがアドオン基板の制作だけで別の素子には対応できるので入手でき次第テストしてみたいと思います。今回は先送りになりましたがTIのPCMシリーズも今後検証予定です。

音質は結果から言えばDAC部としてIntegratedを超えることになんとか成功しました。音質設計のポイントはプリアンプ同様詳しくは書けませんが、オーディオの常識から少し外れた領域に限界を超えるための鍵がありました。これはDACの開発では基板設計と部品の配置が大変重要であるということです。今後この対策を踏まえた設計をもっと煮詰めて更なるハイレベルなDACへと飛躍させたいと思います。

またDAC素子とデジタルフィルタの音質傾向の差は確かにありますが決定的といえるほどの大きな差はありませんでした。そもそもアナログ、電源周りの設計のほうが音質へは大きく影響します。実際に過去に制作したDAC同士での比較において、それぞれに施した音質対策によってDAC素子の違いにかかわらずアナログ設計で音質の順位が簡単に入れ替わるということは頻繁に経験しています。最も良い事例としては過去の検証において、イーディオ様のご好意により貸し出しいただいたMSBテクノロジー社のマルチビットフルディスクリートMSB-DACモジュール(MP-ACD512)を使ったDACも試作しましたが、確かにディスクリートならではの音質的優位性はあるものの圧倒的というほどではありません。それよりもアナログ設計の優秀さがDAC素子そのものよりも重要であることを再確認する結果(最新のDSD-DACと比べて音質的優位ではない)となりました。これはアナログ領域の設計次第では低位のDAC素子でも上位の素子に音質で勝りうるという例(限度はあると思いますが)かもしれません。

そして気になるDSDとPCMの音質差ですが確かに音の傾向、キャラクターの違いはありますが、世間で言われているようなDSDの圧倒的優位性は感じませんでした。これもデジタルフィルターやDAC素子の違いと同じ程度の差のようです(もちろん音質差はあります。違いそのものは否定できません)。実際のところPCMでジッターの対策をしっかり行っている場合にはDSDもPCMも大きな音質差はないのかもしれません。おおまかな傾向としてDSDは空気感がある、繊細な音である、高音に色がつきやすいという傾向がありそうです。PCMは逆に力強く芯のある音で高音はなめらかである、というように感じました。DSDはSN面ではノイズシェーピングの影響で広域ノイズが増え特性ではDSD(128fs程度の場合)のほうがやや不利ですからなんとなく聴感と一致するように思います。

このあたりはわずかとはいえ音は違いますから、最終的にはPCMとDSD、デジタルフィルタは音楽ジャンルや好みで選ぶのが良さそうです。このような点は機能的対応の優位性だと思います。好きなようにユーザー側で音質の選択が出来るという点は明確なメリットといえるのではないでしょうか。

新型パワーアンプについて

最後にパワーアンプですが、既にUcdを超えるアンプが存在するので内部仕様はだいぶ前から決まっています。カタログの謳い文句であった真の前人未到のクラスDアンプとはUcdよりもこちらのほうが相応しいといえる代物です。Ucdと比べてすべての特性は約一桁上回っています(ハイエンドのアナログアンプと比較できるレベルです!)。音も別格ですので大変素晴らしい仕上がりに思います。ただ問題はデザインと機能仕様等の部分が決まっていないためにリリースが遅れています。上記セパレートのプリ、DACとの組み合わせを想定しています。

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