10M外部クロックのメリット・デメリット、性能上の要件について

先日発表したDDCの外部クロックについて色々ご要望を頂いておりますが、一旦こちらの設計意図や目的、制約や問題についてまとめておきたいと思います。基本的には外部クロックによって何を改善することを意図し、何を目的とするのかです。当社の設計や考え方では性能面だけでなく、オーディオとしての幅や楽しみ方にも関係してくる部分だと思っています。またご質問いただいたSMAコネクタの必要性についてもまとめています。

外部クロック搭載の目的

主に2つです。

  1. オーディオとしての楽しみ方を広げるもの、内蔵のクロック以外を使うことによって音を変える、特定部分を改善する、チューニング要素を提供するものです。
  2. 内蔵クロックのコスト制約を超えた、周波数精度と低周波位相雑音性能の追求を可能にします。

これらが主目的になると思います。特に2は低価格で提供する本体には内蔵できないようなクロックの追加を可能にする選択肢です。また性能の追求だけでなく1のような楽しみ方もできます。製品に音を改良または変化できる選択肢を提供することは、長く楽しめる機器を提供することと同じですのでとても大事なことだと考えています。

1ではケーブルを含め多くの価格帯で多くの選択肢があり、多くの方にとって選べる楽しみがある方法論を提供することが大事です。選択肢が狭く極端な方法論や極端でバランスの悪い性能追求は、ハイエンドならともかく手頃な価格帯の製品では避けることが大事だと考えています。

これらが理由でクロック用SMA端子、SPDIF用BNC端子など、極端に採用例の少ないコネクタの搭載はできるだけ避けたいです。

外部クロックのメリットとデメリット

まず知っておいて頂きたいのは、外部クロックは万能の解決策ではないことです。安易な外部クロック対応、外部クロックの接続はスプリアスや広帯域ノイズが悪化するリスクが高いです。これは既存のDAC製品に外部クロックを入れた場合の測定事例を見ていただければわかると思います。

実際のところ10Mをつけて本当に性能を活かせているDACはほぼ見たことがなく、大抵はどの機種もジッタースカートの広がりは同じ程度のまま、それでいて外部クロックによる余計なスプリアスやノイズフロアが追加されるようなデータばかりです。ジッタースカートが狭くならないということは、外部クロックの本来の売りである中低域の位相雑音性能は改善していないということです。

では外部クロックなど意味がないと思うかもしれませんがそうでもありません。10Mクロックは一般的な測定のFFTでは見えない領域の性能を改善します。

それは周波数精度、超低周波位相雑音(一桁Hzのような領域)です。測定で見えない理由は周波数精度はFFTの測定時間より長周期なのでFFTの測定では不可視ですし、超低周波位相雑音も同様にFFTの窓関数による制約があるため通常の測定方法ではまず不可視領域に入ります。これらが測定でみえない理由です。

ですが周波数精度は周波数カウンターなら測定可能です。少なくともこちらの実験機では他社DDC製品含めて外部クロックを入れると、スプリアスやノイズが付与されたとしても長周期の周波数安定性、いわゆる周波数精度は外部クロックによって明確に改善します。

長らくこれらは音に影響がないと言われていましたが、実際には影響がありました。音質的パラメータとしては音の駆動の安定感や余裕にプラスの効果があります。骨格がしっかりしてビシッとしたタイミングの揃った音がでますし重心も下がります。これは典型的なハイエンド的な音質的パラメータなので、これらが改善することはハイエンド的価値観でまずプラス評価になります。

結局のところ外部クロックでノイズやスプリアスの追加で犠牲になる部分があるわけですが、それによる副作用よりプラス面のメリットがハイエンド的価値観で遥かに好ましい変化なので、外部クロックは肯定的に受け入れられている、これが現状だと考えています。

現在DACで採用されている低位相雑音クロックとこれら高精度クロックはまた違う音の良さがあり、理想は両方の良いところを兼ね備えることです。ですが現実には難しいです。

当社の実装、問題への対策について

理想はA=低位相雑音クロックとB=高精度クロックの性能両立だと書きました。Aはいわゆるフェムトクロック、BはOCXOやルビジウムが代表格です。この性能の両立は簡単ではありません。(Bは低周波位相雑音にも優れるクロックとします)

単体クロック製品についてよく調べてみるとわかることがあります。それはAとBはほぼ両立ができないということです。Aが良いものはBが悪く、Bが良いものはAが悪いことが大半です。しかも最高性能のクロックは大抵10Mなどの低い周波数で、同じモデルでも周波数が上がると急速に低周波位相雑音の性能が低下します。USB-DDCで768kなどに対応すると必要になるのが40M台の周波数ですが、この帯域でAとBに優れるクロック製品はほぼありません。

もう一つの問題は44.1kHz系列のクロックは産業用でほぼ使われていないためか、この系列の高性能クロックは選択肢がありません。事実上特注に近いため費用がかかります。超高額な製品で両立するものもありますが製品価格は100万円近くなる可能性が高いです。結局AとBを両立するクロックの追求はオーディオで最もお金のかかる分野だと思います。

ですが当社が見つけた現在の解決方法は低コストでAとBを両立できる方法論です。詳細はまだ明かせませんが予告している製品価格からわかるように莫大なコストを掛けずに実現可能の見込みです。

現在の期待値性能はオーディオ周波数で10Hzの位相雑音性能は-120dB前後、もう少し上の帯域の位相雑音性能も期待値-155dB以下と低価格OCXOを超える性能です。AとBの観点でどちらか一方ならより良い性能のクロックはありますが高額なものばかりですので、今回ご提供する価格ではほぼベストに近い性能の選択肢だと思います。

今後リリースする当社製品の内蔵クロックはこの基準の性能になりそうます。とはいえ上記のスプリアスやノイズフロアの副作用を含めれば内蔵より良いクロックはありますので、それらを使う選択肢は外部クロック端子という形で提供するわけです。

参考までに当社のIntegrated 250からAK4499特注DACではBを意識したAメインの方法論でBは改善の余地がありました。今後はAを維持した状態でBにより力を入れた設計になります。

スプリアスや広帯域ノイズの悪化はコネクタが原因ではない

この原因はコネクタとは無関係です。悪い設計なら測定値は劣化しますし、良い設計ならBNCでも劣化しません。

様々なクロックオシレータ、設計や伝送方法も試してみましたが、外来ノイズの原因は主にクロック送信側の設計に依存するようです。とくに筐体と電源設計が重要のようで、同じ受信回路でもノイズやスプリアスが追加される製品とされない製品があります。その問題がGND経由でスペクトルとして観測されてしまっているか、もともとのクロック出力自体に余計な成分が付与されているかどちらかでしょう。それならコネクタの性能とは無関係に問題は発生します。

結局外部クロック方式は理想ではない部分があります。それはGHz領域などではなくもっと低い帯域の問題です。なのでSMAでももともとノイズが多い機種で設計が悪いならSMAで性能は改善しないどころか広帯域伝送性能が原因でより悪化するでしょうし、BNCでもよく設計されていれば問題はおきません。信号をトランス経由で絶縁するタイプもありますが完全に問題解決ができないようでDAC出力で劣化が見られました。

結局ノイズやスプリアスの観点で理想伝送を語るなら、外部伝送をやめて内蔵クロックが最善です。クロックを必要とする回路へPCB上で最短接続するなら電源もGNDも変動をはるかに少なくできますのでこれが結局一番問題が少ない方法です。

ただ内蔵できるクロックはコストの制約を受けますので本当に最高のクロックは載せられません。それこそ単体で数十万円~数百万円の部品の世界です。これらは製品価格の大幅上昇となりますので最初から搭載することはできません。

ですがだからといってそれで外部接続を拒否したら発展性がありません。その上を必要とするのが一部の方であってもその選択肢と手段を用意することが外部クロック対応の意義です。

BNCをSMAにして得られる要素

BNCもオーディオ用マスタークロックの伝送なら十分な性能を持っており、SMAとの性能境界は概ね2GHz以上と重要な帯域ではありません。またそれ以降の性能差も緩やかな信号減衰であり強いピークを伴うようなものではないため、GHz帯域の情報を損失なく伝送する用途でなければSMAは不要です。(特性測定の事例は検索すると見つかりますが、転載不許可のページだったので掲載はしません)

もう一つの重要な事実は最高性能クロックで主流なのはクリップドサインであり、矩形波と違って10MHz以上の成分をほとんど含みませんのでBNC帯域で十分なことです。

高性能クロックの大半がクリップドサインという事実が示すのは、クロックの性能と矩形波の正確な伝送はほぼ無関係ということです。相関があるならクリップドサインのクロック性能は低くなるはずですがそうはなっていません。要するにクロックで重要なのは矩形波信号の高調波を正確に伝送すること(SMA端子で得られる要素)ではなく、あくまで基底クロック周波数を正確に伝送することだと解釈しています。

こちらの考え方になりますが、超高速の矩形波を減衰せず伝達することは受信側の設計難易度をあげますし、ケーブル品質にも敏感になります。オーディオではユーザーがどのようなケーブルを使うかわからないため、ケーブルやコネクタの設計が悪ければ周辺機器にノイズを撒き散らすノイズ源となる可能性まであります。

それなら性能に影響しない範囲で不要な帯域を抑えた形で伝送したほうがEMC的輻射の問題の原因とならず、ケーブルやコネクタの依存性も減りますからほとんどの環境で適切な帯域制限は結果が良いのではと考えています。さらにインピーダンスマッチングの要件も低くなります。

さらに気になるのが果たしてSMA端子を付けているオーディオ機器の最終成績が本当に良いのかどうかです。大事なことはクロック単体の性能でもコネクタが何であるかよりも最終性能ではないのでしょうか。いろいろな理由で優位性を主張しても実際にはどこにも成果が公開されていません。例えばBNCからSMAにして性能が改善しているDAC側の測定データは見たことがありません。

ですが当社は今回の設計変更で何が改善したかすでに公開しています。下記のようなジッタースカートのほぼ完全排除がその成果です。ですがほとんどの外部クロック対応DACは宣伝と実態が異なっており、このような性能は実現できていないように見えます。

当方は測定値が全てとは決して思っていませんが、測定の意義やデータの公開は否定しません。ですがそれらを否定しているメーカーが何故かSMAの性能メリットだけ主張するのはあまり整合性が取れていないと思います。

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