次世代ハイエンドDACの位置づけ、DACチップについて
主にAK4191+AK4499EXを使った次世代ハイエンド製品の話題が中心の記事となります。製品の値段の予定が80万円となっており、今までより大幅に高額なこと、DACチップ旧型化懸念への回答、立ち位置とラインナップ上の意義、これらの考え方についてお伝えしたいと思います。
先にお伝えしておきたいメッセージは次のような内容です。
このDACのターゲットは既存ブランドの代替品や廉価版を望んでいる方ではなく、これから提示する当社の方向性、設計思想、価値観に合致する方です。
すでに趣向に合うハイエンドブランド、理想の音が存在するならそれを頑張って買うことが一番です。既存ハイエンド製品の代わりとなるような製品にはなりません。
市場のハイエンドDACと比較した位置づけと目標について
このDACが担う対象と目標は、次のように考えております。あくまで目標ではありますが明確に意識して目指したいポイントをお伝えします。
- 既存ハイエンド機器の対抗ではなく「ハイエンド領域に入れる製品」という位置づけ
- 音の風格、聞いた瞬間の説得力を従来よりも重視する(新しい目標)
- 既存ハイエンドブランドや既存ハイエンド製品の代わりとなる製品ではない。それらを超えることは目標ではない
- 絶対的な到達点の高さより当社の考えるバランス感覚や独自性を重視した設計
- オーディオが高騰化する情勢内で現実的な価格と独自のポジション、全く新しい提案を行う
- システムへの適合度を調整できる柔軟性をもたせ、予算に制限がある顧客層へ選択肢を提供する
以前は最高峰を目指すと言っていたこともあり、当社のハイエンド製品に何か過剰な期待をされている方もいるかもしれませんので、現在の現実的な目標についてきちんと掲示しなおすことにしました。
現実にできることを直視した結果、以前とは意味合いがだいぶ変わってきています。ですが無謀な夢がより現実的な目標になったと捉えていただければと思います。ここに至るまで七転八倒した基礎音質設計がほぼ完了した段階だからこそお伝えできる内容です。
パフォーマンスの境界に挑戦すること
超高額機器と比較した結論ですが、全てにおいてそれらを超えることは不可能です。
結局のところ、コストや物量に応じて改善する要素をすべて取り込むことはできません。上流対策、ケース物量、クロック精度などが典型ですがこのあたりがもたらす要素をより安く実現するのはやはり無理があります。やればやるほど変わるのがオーディオなので、そこに終わりはないし極限には極限に相応の投資が必要になっていきます。(単に電源や出力だけ強くすれば良いというものではないのは旧AK4499DACが示しました)
しかし今までは原価の安さを強く意識しすぎた結果「安い割にとても良いパーツや設計」というコンセプトになりがちでした。もちろんコストを落としても性能は落とさない努力はやっていましたが、基本設計や部品選定に無意識でかなりの制約を課していました。
なので次世代製品ではこれを改めます。できるだけ安くしますという現状の意識で設計をスタートすると、結果も現状の領域に留まるでしょう。でも実際には追加でやれることがたくさんあります。
例えば目標価格80万円で高くなっても税込み100万以内と位置づけることで従来とは考え方を根本的に変えることができます。そして今回はこれがいちばん大事なことだと考えています。まずは現状の無意識の制約を取り払うことをスタートラインとすること。これが最終的な結果の大きな差になると考えています。
その上でノウハウと技術でできる限界点、収束点を目指すことになります。そういう意味での最高を目指します。ただし概ね税込み100万円以内という限界はありますのでそのクオリティ境界はおそらく超えません。例えば「原価数十万円の部品を精密な多重振動対策機構に乗せてしかも電源別筐体」みたいな設計はできません。でも数万円の部品をひと手間かけて工夫して固定する程度なら可能です。これは従来の価格帯ではできないことです。
前者のような本格的かつ徹底した設計にはかなりの製造費用がかかりますが、その分劣悪な環境でも安定して良い音を出せるでしょう。おそらくこういう積み重ねが真のハイエンドの資質だと思います。なので今回は積み重ねをきっちり行った製品と同等は近づくことはあっても到達は不可能だと考えています。
しかしその代わりに使いこなし次第で限界を伸ばせる程度の機材ポテンシャルをもたせるようにしたいと思っています。外部クロック対応もその一つです。最高のものはのせられませんが外部で用意することは可能です。同様に既知の外乱変動パラメータはほかにも数多くありますが、条件を整えればより高額品とも戦える製品を目指したいです。
ほぼ不在となる100万円台までである程度のバランスが取れた製品を目指す
一般人から見るととても高額な価格帯ですが、いまは既存ハイエンドブランドでは最下位以下の価格帯になりました。それらブランドの最下位モデルは必ず上位モデルから何かが抜かれています。そしてそういうモデルを購入しても上位モデルと比較すれば欠点があります。また上位モデルの存在が意識から抜けることもありません。
逆にこの価格帯をハイエンドモデルに設定しているブランドもあります。一部それらもチェックしていますが、この価格帯では極端に振り切った設計が多く、色々な意味で強味と弱味を両立するコントラストが強い傾向が目立ちます。
当社が目指すのは上記のどちらとも違う、個性的になりすぎずバランスが取れており選びやすい製品です。
- 特殊な設計や特殊な価値観による一点突破型の徹底追求設計にしないこと
- 上位モデルの手抜き版でない、ある意味でやりきった製品であること
- 多少なりともシステム調整余地や細部適合性を高められる要素を取り入れること
要するに、100万円以内の価格帯に選びやすい製品がない、その穴を埋めたいということです。と同時にここにまとめた内容が示すことは「既存ブランドが最適解」と考えるお客様にとっては当社の次世代製品が代替にも選択肢にもならないだろうということです。
DACチップの世代更新の懸念について
既存のDACチップを採用することと発売が遅れていることが理由で、DACチップの型落ちを懸念する方がいますので、当社の現在の考え方をまとめておきます。
1.最高スペックのDACチップが更新される可能性は低いと予想
もちろん100%ではないのですが根拠がいくつかあります。
- AK4499EXとES9039proの実測値は業界標準の測定器であるAudio precisionの限界性能付近のため、測定器が先に更新されない限りブレイクスルー的な上位チップの測定や発表はできない
- AK4499EXとES9039の実測性能はデータシートより高く現状の測定限界以上のため、APの次世代機でもその限界付近の結果を提示できる可能性が残されている。その場合AP測定器が更新されたとしても半導体メーカーにはDACチップを更新する意義がない
- 現在のスペックはDACチップ以外の物理的限界にも近く、現状より大幅に上回るスペックを実現する場合は多方面の改善が必要なこと。クロック、オペアンプ、抵抗精度、電源性能、排熱設計。これらの向上が同時に要求される境界付近なので、DACチップ単体では解決できない
ハイエンドオーディオでは測定値が全てではないしそれ以外の音の要因がたくさんあることが常識ですが、半導体メーカーは測定値を基準にラインナップ展開しています。ラインナップの順位がスペックで決まるなら、測定限界の明らかな更新ができない限り上位チップは出せないと予想します。
ESSはすでに多機能化や小型化に注力していますので今後の展開がなかなか読めませんが、AKMは工場火災以降にラインナップが縮小していますので上位のDACよりも、チップ分離アーキテクチャーに不在のADCやマルチチャンネルや廉価版を含めたラインナップ拡充に当面は専念するのではと予想しています。
2.AP測定器が順調に世代更新され、DACチップの最高スペックが刷新されてしまった場合
念のためこのケースについてもお答えしておきます。
今までは新しいチップが出てくるとそれを試して製品の世代も更新してきましたが、今後はそれは簡単にはできません。理由は最近の再設計のための時間と労力が以前とは比較にならないほど増えているためです。
AK4499EQ世代ではほぼ最速のタイミングで製品を作りましたが、急いでも良いものはできないということがよくわかりました。前回急いで色々な細かい失敗をしてしまったので今後は同じ失敗はしないつもりです。
もちろんそこそこの音を出せて測定値もそれなりに良い程度の製品ならできます。しかしそういう開発コンセプトは中華ブランドがやっていますので彼らに任せておけば良いと思っています。
最新チップと最高スペックが気になって仕方なく、それを安く欲しいだけの人は中華ブランドを検討することを推奨します。
当社は彼らと同じ目線、同じ価値観、同じ立ち位置ではありません。世代更新は中華ブランドや半導体メーカーにとってはスペックの向上が焦点でしょうが、当社はそれらとあまり関係がない目標を掲げており不要なスペック追求はやりません。
現在最終的に決定しているIV回路もTHD+N的な数値は最優秀ではなく今となっては平凡なスペックです。ですがハイエンド機に見られる特有の傾向に近づけられるように測定分析をして設計をしています。そしてこの最適化は瞬間最高のTHD+N性能の追求よりも時間がかかります。
今は時間をかけた熟成と最適化、あとは物理的な余裕の確保、これらが何よりも重要だと考えています。新しい素材を急いで調理して微妙な調整加減で出すことしません(中華高特性製品でありがちな要素)。
具体的な事例を出します。
- 現在市場で最高の評価を得ているハイエンドDAC製品群は、測定性能だけなら中華ブランドより総じて劣っている
- 高評価ハイエンドDAC製品のなかには測定値がかなり悪いグループに入るモデルがある
- しかし一線を越える使い手からの音質評価では、最高スペックの中華ブランドが上記製品群より良かったという事例は見ない
- そしてこれらの理由、相関性をしっかり説明できている事例もない
ですが当社の研究だと従来の理由以外に、いくつかの測定的な根拠を見出しています。その詳細はここでは語れませんが、現行のAK4499EX試作ではその条件を満たすように設計しています。
そして経験豊富な方はよくわかっていると思いますが、新しいかどうかより使いこなしと最後の調整が遥かに重要です。
オーディオシステムで例えます。新製品が出るたびに常に買い替えを続けているシステムと、調整に調整を重ねた熟成したシステムの音の差と同じだと思います。巨大な飛躍があれば買い替えが有効なこともありますが、少しの差なら調整を重ねたシステムのほうが音的な説得力は高いでしょう。
当社は今後のDACチップでの巨大な飛躍は現実的でないと考えているため、多少の世代更新程度であれば基本的物量や最適化や微調整がより大事になると考えています。
音楽は理論だけではない、オーディオ趣味にもその領分はある
音楽の成り立ちと同じく、理論的な優劣は設計がまともかどうかを判断する要素であって全てではありません。音楽では意図してセオリーに反した表現が人の心を打つこともありますし、非常識さが強く記憶に残ることもあります。
音楽がそういう性質なのでオーディオにもそういう側面が存在しうるはずです。もちろんオーディオが音楽を勝手に支配してはならないと思っていますが、同時にすべてが測定値やスペックで決まるわけでもないです。
オーディオは音楽ありきですが再生の領域にはオーディオの領分があり、それを肯定する人たちがオーディオを趣味にしています。ですから100%客観主義で趣味の領分まで否定することはオーディオ趣味の否定につながります。オーディオに過剰な測定至上主義を持ち込む問題はまさにこの部分にあると思います。
結局のところ測定は大枠の基準がまともかどうかの判断には使えますが、それだけで強く人の共感を得る製品になるかわかるかというと、それはオーディオ趣味においては違うと思います。(それが真ならば中華高特性製品が市場をすべて飲み込んだはず)
そこには調整にかけた作り手のこだわり、一つ一つの選択肢と細かい積み重ねと微調整が結果として人間的なメッセージ性を持ち、それが物理的には僅かな違いでありながらオーディオ趣味においては重要な価値ある違いになっていくと考えます。
こう考えると「DACチップの世代が新しくなると素晴らしい製品が出る」という思想は、理論はともかくオーディオでは簡単に成立しないとわかるはずです。
今後はチップスペックの向上も上記にあげた要因で難しくなるはずなので、特性での差別化に行き詰まったあとは(この趣味の範疇では)むしろ人による調整の重要性は高まっていくと予想しています。
徹底調整されたハイエンドDACの登場今から愉しみです
ちなみに現時点での熟成度合いはおよそ何%程の感じでしょうか?
また内蔵予定のOCXOはどれ位のクラスのものを想定されてますか?
あまりはっきりしたことはまだまだお答えできないのですが、現状はDAC周辺の基本音質設計が終わった段階なのでまだ1/4程度かなと思います。少しでも手を付けている分野は次の項目のみです。
・筐体設計(進捗5割程度)
・インターフェースと制御まわりの再設計(進捗3割程度)
これ以外の電源関係や内部レイアウトなどその他諸々はまだ進捗なしなのでまだまだかかります。進捗自体はリニアに進むわけではなくなにか原因がわからない問題で躓いた場合には、そこで長期間試行錯誤となることもありますので、製品の完成と量産まではまだ先が長いと考えていただいたほうが安全です。
OCXOについてはコストと入手性と性能を総合的に見て検討します。まだ今のところはなんとも言えません。